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本シリーズは、内閣府 公益認定等委員会事務局で、公益認定申請を担当する伊藤憲一氏によるブログです。
数多くの日本の財団法人と向き合ってきた立場から、氏が日々の業務の中で感じたことをお届けします。
そろそろ決算、事業報告の作成時期となってきました。皆さんの手元には、昨年度の立派な事業報告書があるはずです。
しかし、ふと立ち止まって、こんなもどかしさを感じたことはないでしょうか。
「活動は正しく行っているし、報告も完璧。でも、本当に社会は良くなっているだろうか?」
目的を定め、そのために何を選び、何を捨て、どう進むのか。その意思ある道筋、つまり「戦略」という新しい道具がいま必要なのかもしれません。
日本には、長い年月にわたって活動を続けてきた公益法人が数多くあります 。
その多くは、「困っている人を支えたい」「教育や研究を応援したい」という、極めて純粋でまっとうな善意から生まれてきました。とりわけ歴史ある財団の中には、「社会を大きく変えよう」といった野心ではなく、目の前で困っている人にそっと手を差し伸べる、そんな設立者の温かな想いから始まったものも多いでしょう。
その姿勢は、いまも公益活動の原点であり、私たちが誇るべき大切な精神です 。
しかし、真摯に活動を続ける中で、こんな感覚を抱くことはないでしょうか。
「毎年、同じような課題に向き合い続けている気がする」
「支援は届けているが、社会が良くなっている実感が得にくい」
「単に『助け続ける』だけでなく、もっと根本的な解決策はないだろうか」
これは決して、活動が形骸化しているからではありません。むしろその逆で、皆さんが真剣に社会と向き合ってきたからこそ生まれる、前向きな疑問なのです。そしてこのとき、私たちはある重要な「空白」に直面します。
それは、「活動はしているが、どこへ向かっているのかを言葉にしてこなかった」という空白です。
これまで日本の公益法人は、高い信頼性を保つために、次のような「守り」の側面を完璧にこなすことが求められてきました。
・公益性の確保
・法令や認定基準の遵守
・適切なガバナンスと会計
・安定的な事業継続
これらは法人の根幹を支える極めて重要な仕事です。
しかし、その基盤がしっかりと整ったからこそ、いま新たな問いが浮上しています。「私たちはどの方向に社会を動かしたいのか?」「そのために、なぜこの事業を選んでいるのか?」という問いです。
たとえば、「困っている人を支援し続ける」のか、それとも「困る人が生まれにくい状況をつくりたい」のか。
その違いを意識することから、戦略は始まります。
これまでは「正しく運営されているか」という信頼の確立が最優先であり、「どこへ向かっているのか」という戦略は、あえて問わなくても組織として立派に成立してきました 。
ここで強調したいのは、これまで戦略がなかったことは、決して怠慢でも能力不足でもないということです。滞りなく助成を行い、適切に報告し、法人を存続させる。それだけで日本の公益法人は十分に「社会に貢献する良い法人」として評価されてきましたし、それは素晴らしい成果です。
しかし、時代は少しずつ変化しています。
支援の「量」だけでなく、その支援が社会にどんな「意味」をもたらしたのかを問われる場面が増えています。また財団の内側からも、「今のままで良いのだろうか」という、未来を見据えた内省、振り返りが始まっています 。
ここで必要になるのが「戦略」です。それは決して難しい専門用語を並べることではありません。
「社会とどう関わり、何を目指すのか」を自らの言葉で定義し、選び取ること。それ自体が戦略なのです。
これから財団を設立しようとする方にとっては、最初からこの視点を持つことが、活動の大きな力になるでしょう。
そして、すでに長年活動を積み重ねてきた財団にとっては、これまでの歩みを一切否定することなく、「その先」の価値を創り出すための新しい入り口になるはずです。
伊藤 憲一 (公益認定等委員会 事務局 公益法人行政担当室)
2011年4月から2014年3月まで、また2019年7月から現在まで、内閣府公益認定等委員会事務局に在籍し、通算約10年にわたり公益法人制度に関わる業務に携わってきました。2025年3月までは、公益法人の定期提出書類の確認や変更認定、立入検査を中心に担当し、同年4月からは新規認定総括として、公益認定申請に特化した業務を担っています。
伊藤氏とPA Inc. Co-CEO藤田の対談記事 【連載】『都市伝説』の真相に迫る③ はこちら
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