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プロフィール
Victor Koo(ヴィクター・クー)
香港を拠点とする「内なる目的」を追求する社会サービスプラットフォーム「天人文化(Tianren Culture)」の共同創設者。全体の哲学は「天人合一(Natureと一体となる)」に基づいており、「One Wisdom(一なる智慧)」と「One Health(一なる健康)」という2本柱のもと、内省的な智慧、実践、健康的な食とライフスタイルの普及を推進している。財団やNPO、企業との連携を通じて、心身の健康とウェルビーイングを高めるための社会事業を展開。以前は、動画配信企業Youkuの創業者、会長兼CEOを務めた。スタンフォード大学MBA、カリフォルニア大学バークレー校学士取得。
動画プラットフォーム「Youku」を創業し、NY証券取引所への上場も果たしたヴィクター・クー氏。
起業家として大きな成功を収めた彼が、次に取り組んでいるのは、「人と自然の再接続」という、より本質的なテーマです。2018年に香港で立ち上げたTianren Culture(天人文化)は、道家思想の「天人合一」──人と自然は本来一体であるという考え方──に根ざしています。
ヴィクター氏が直面した問いは、「現代社会を覆う複合的なクライシス(環境破壊、パンデミックなど)の根本原因はどこにあるのか」というものでした。
その答えとして彼が見出したのは、「人間が自ら、他の生命、そして生態系とのつながりを失っている」という事実。
だからこそ、社会を変えるためには、まず個人とコミュニティの“内側”を変えていく必要があるというのがTianren Cultureの出発点となっています。
Tianren Cultureは、相互に補完し合う二つのレバー──One WisdomとOne Health──を原動力として活動を展開しています。
・One Wisdom:瞑想や呼吸法、自然の中での静かな実践を通じて、精神・感情・霊性のウェルネスを高めることを目指す。
・One Health:食のシステム変革を軸に、人間・動物・地球それぞれの健康を統合的に向上させる。具体的には、フレキシタリアン食の推進、工場畜産の削減、発酵由来タンパクの開発、さらには政策提言に至るまで、多角的なアプローチを取っている。
One Wisdomの目指すところは、内側からの変容を促し、それを可能にすることです。
そのために、智慧の伝達、実践の機会、そして奉仕の場を通じて、善意あるコミュニティを育んでいます。
活動の起点としているのは、NPOやソーシャルアントレプレナーといった社会の変革に携わる人々。Tianren Cultureは、そうした人たちが複雑な課題に向き合うために必要な内面的な気づきと力を育む取り組みを支援しています。
そのためのアプローチは大きく3つ。
(出典:Tianren Culture資料)
瞑想やマインドフルネスは効果が証明されている一方で、「難しそう」「時間がない」と感じる初心者も少なくありません。そこでTianren Cultureでは、もっと気軽に始められる方法(呼吸法、森林浴、園芸、音を使った瞑想など)を紹介・普及する取り組みを行っています。
たとえば、スタンフォード大学との共同研究では、5分間の「サイクリック・サイ(cyclic sigh)」という呼吸法により、不安が大きく減り、気分が改善されるという成果も出ています。現在はUCバークレーと連携し、自然の中での瞑想プログラムも開発中です。
科学的な裏付けや、実践者の声を通じて、「いつでも・どこでも・誰でも始められる」心の実践を広げています。
実践を深めていくうちに、もっと自分に合った学びがほしい、継続のモチベーションがほしい、と感じる人も多いでしょう。そこで注目されているのがAIを使った個別サポートです。
Tianren Cultureが支援するServiceSpaceでは、「Awakin AI」というプロジェクトが進行中。このAIは、利用者の履歴や関心に合わせて、読書・動画をレコメンドしたり、習慣化の壁を越えるリマインドをしてくれたり、同じ実践をする仲間とつないでくれたりと、“思いやりあるナビゲーター”としての役割を担います。
これにより、スピリチュアルな学びを身近なものとして、より多くの人が自分のペースで続けられるようにしています。
実践が継続できるかどうかは、「安心できるコミュニティがあるかどうか」にも大きく関係しています。Tianren Cultureでは、国内外のチェンジメーカー(NPO・起業家など)を対象に、少人数のリトリートや巡礼の場を提供しています。
たとえば、日本各地で行われるリトリートでは、自然の中で心を整え、静かな対話を通じて自分自身と深く向き合う時間を提供。さらにアジア地域にもこの活動を広げており、各地での“変容の波紋”が共鳴し合う仕組みが生まれつつあります。
今年はアメリカのGarrison Instituteと連携し、アジアの社会変革実践者向けのオンライン講座も実施。日常から少し離れて「本当に大切なもの」に立ち返る機会をつくっています。
One Healthが描くのは人と自然がともに生きる未来を目指したフードシステムの再設計。
私たちの暮らしの根っこにある「食」は、人間の健康、動物の福祉、そして地球環境と深くつながっています。だからこそ、「食」を見直し、これまでの“人間中心で搾取的”な世界から、“自然中心で再生的”なエコシステムへとパラダイムを切り替えていこうという挑戦です。
(出典:Tianren Culture資料)
左側は、私たちが今まで築いてきた人間中心の経済システム。大量の資源を採掘し、動物を犠牲にしながら工業的に生産・消費を繰り返す仕組みは、「持続不可能」「環境負荷が大きい」「他の生命への犠牲が前提」といった問題を抱えています。
一方、右側に描かれているのは、自然と調和しながら生きる未来の姿。再生可能エネルギー、小規模な農業、動物との共生などを通じて、人と自然のバランスが保たれた社会がイメージされています。
One Healthの理念を「絵に描いた理想」で終わらせないために、Tianren Cultureでは以下の3つの方向からアプローチしています。
世界人口の約60%が暮らすアジアは、今後20年で最も肉の消費が増える地域でもあります。だからこそ、ここでの食の変化が世界全体に大きな影響を与えるのです。
Tianren Cultureは、アジア各国で以下のような取り組みを支援しています。
・発酵技術を使った次世代タンパク質の研究
・植物中心の食生活(フレキシタリアン食)の啓発活動
・サステナブルな食の政策に関する学術研究への支援
特に中国農業大学との協力では、工場型畜産の実態調査にも取り組んでいます。
フードシステムは、農家・消費者・企業・行政・研究者など、さまざまな人たちが関わる構造です。だからこそ、解決に向けた動きも「みんなで一緒に考える」ことが求められます。
Tianren Cultureは2021年以降、ヘルスケア、気候変動、動物福祉といった分野のファンダーと共に**作業部会(ワーキンググループ)**を立ち上げ、アジアを中心に共通の目標と指標に基づいた支援を行っています。ここから生まれたのが、R&D(研究開発)支援や政策提言、現場とのネットワークづくりです。
この取り組みの最終的なゴールは、再生的で自然中心の食のスタイルが、誰にとっても身近で当たり前の選択肢になることです。サステナブルな食品が「特別なもの」ではなく、「毎日の食卓に自然と並ぶもの」として社会に根づいていく。そのためには、技術だけでなく、文化や意識の変化も不可欠です。
多くのパートナーたちとの対話を通じて、ヴィクター・クー氏は「ギビング(与えること)」の本質を、改めて見つめ直すことになりました。
レバレッジの高いプロジェクト設計、社会に眠るホワイトスペースの発掘、根本原因に迫る戦略的アプローチ──これまで彼が培ってきた社会イノベーションのノウハウは確かに力強いものでした。しかし、それだけでは届かないものがあることにも気づいたのです。
それは、人の心にじんわりと広がっていくような、共感や思いやり、そして奉仕の連鎖。
「社会イノベーションは、戦略的であることで変革をもたらすことができる。でも、同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に、“心がこもっていること”が人を動かす原動力になるのではないか」 ヴィクター氏はそう振り返ります。
この気づきのもと、彼はTianren Cultureを「社会奉仕のためのプラットフォーム」と位置づけ直しました。そこには、根気強く根本課題に取り組む姿勢、セクターを越えて協働する柔軟さ、そして、行動として現れる思いやりの精神が根底に流れています。
Tianren Cultureが目指すのは、戦略と情熱が重なり合う場所。思考と感情の両方に火を灯すような、「人のために在る力」のかたちを、これからも模索し続けていくのです。
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