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プロフィール
関 美和(せき みわ)
MPower Partners Fund L.P.ゼネラル・パートナー/翻訳家
株式会社ネクセラ・ファーマ、大和ハウス工業株式会社社外取締役。アジア⼥⼦⼤学(バングラデシュ)⽀援財団理事。柳井正財団理事。一般財団法人ファーストリテイリング財団理事、一般社団法人LEDGE理事など。
ハーバード大学経営大学院でMBA取得。2009年より翻訳を始め、大ベストセラーとなった『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』など、話題の洋書を数多く手がける。モルガン・スタンレー投資銀行部門を経てクレイ・フィンレイ投資顧問元東京支店⻑。2021年5月、キャシー松井氏、村上由美子氏とともに日本初のESG重視型グローバル・ベンチャー・キャピタル・ファンド「エムパワー・パートナーズ・ファンド」を創業。
金融業界で活躍の傍ら、翻訳家として話題の洋書を多数手がける一方、社外取締役や財団運営など多方面で活躍される関美和さん。フィランソロピーにおいては、日本初の公共訴訟を支える専門家集団Ledgeの立ち上げからの支援、アジア⼥⼦⼤学(AUW)⽀援財団理事などの活動を通じて、社会にある不条理な課題の解決に力を注いでいます。今回は、そんな関さんにお話を伺いました。
― 無計画に、目の前のことに挑戦してきました。
わりと無計画に、目の前のことに夢中になって生きてきました。
翻訳の仕事も、自分で決めて始めたわけではありません。金融業界の友人にすすめられた『I don’t know how she does it.』という本を読み、仕事と家庭の両立に苦しむ主人公に共感し、「この本を訳したい」と思ったのがきっかけです。結局その本は翻訳できなかったものの、それを機に翻訳の世界に足を踏み入れました。
その後、離婚を経てシングルマザーになり、収入もない中で翻訳に本腰を入れるように。弁護士との関わりから法学にも興味を持ち、40代で母校の法学部に学士入学。学生として学びながら、翻訳の仕事も続けてきました。今も、法律を通じた社会課題の解決に強い関心を持っています。
― ①女子の高等教育支援。
たまたま得た“運”を次の世代に返したいから。
Asian University for Women (AUW)
一つ目が、「アジア女子大学(AUW)」の支援です。2008年にバングラデシュに設立されたこの大学には、南アジア14か国から、これまで高等教育を受ける機会のなかった若い女性たちが集まっています。多くは、家族や地域で初めて大学に進学する“第一世代”の子供たちです。
授業は欧米並みのリベラルアーツ教育で、全員が全額奨学金。運営はすべて寄付で成り立っているので、資金集めは本当に重要です。私はボストンにあるAUW支援財団の理事として、日本でのファンドレイジングを担当しています。寄付が集まらなければ学生も受け入れられないので、毎年必死です。何とか15年続けてこられて、いまでは学生数は1700人を超えました。
この活動に関わるようになったのは、友人のキャシー・松井さんに声をかけてもらったのがきっかけです。私自身、教育を受けられたのは、努力というより“運が良かった”から。その運を少しでも他の人に返していきたいと思っています。
特にいわゆる最貧国の女性は、その「運」にめぐり合う機会が圧倒的に少ない。AUWの支援は、そんな「運の偏りを少しでもなだらかにする」ための、私なりの方法です。
― ②公共訴訟の支援。
不条理な出来事を見過ごしたくないから。そして支援を通じて新たな解決の道を拓きたいから。
LEDGE(レッジ)
二つ目に私が関わっているのは、公共訴訟を専門とする「LEDGE(レッジ)」という弁護士グループの支援です。きっかけは、ある日SNSで偶然目にした投稿でした。ネパール人のアルジュンさんが取調べ中に亡くなり、その国家賠償訴訟を「CALL4(コールフォー)」という団体が支援しているという内容でした。
以前から、特定の不条理な事件が気になっていました。たとえば、女子高生が一人で出産して赤ちゃんが亡くなり、死体遺棄で逮捕されるような事件。なぜ父親は問われず、追い詰められた女の子だけが罪に問われるのか。あるいは、差別を受けてきた人たちが、そのこと自体ではなく別の理由で「犯罪者」にされてしまう。そういった不条理に対して、自分が何らかの個人的な解決をもたらせないかと思いを巡らせていました。
「もし自分に無尽蔵のお金があったら、理不尽な目にあっている人のために弁護士費用を出して、国家賠償請求を起こしたい」——そんな勝手な妄想を弁護士の谷口さん(Call4共同代表・LEDGEの理事)に話したのが、関わりの始まりでした。実際に「公共訴訟を専門に行う法律事務所があったらどうなるのか? そこに資金とリソースが集まれば、どんな可能性が開けるのか? 司法を通して社会を変えられるだろうか?」と話し合うようになり、LEDGEという形が生まれていきました。
でも現実は簡単ではありません。公共訴訟は「なぜそれが必要なのか」が社会に理解されにくく、寄付を集めるのがとても難しい分野です。たとえば「女性に教育を」「災害支援を」といったテーマは共感を得やすい。でも、「夫婦別姓」「同性婚」「レイシャル・プロファイリング」「中絶」「立候補年齢引き下げ」など、公共訴訟が扱うテーマは社会的に賛否が分かれるものばかり。そうした課題に声を上げようとすると、思っている以上に強い反発や冷たい視線が返ってきます。
だからこそ、LEDGEのように、勇気を持って声を上げる原告を支え、制度の矛盾に立ち向かう弁護士や専門家が潤沢な資源を得て、経済的な恩恵も受けられるような環境を整えることが必要です。そして、そうした活動を支える——それこそが、今私が力を入れているフィランソロピーの一つです。
― 寄付をするメンバーがいつも同じ。税務メリットも鍵。
寄付の現場で感じる課題は大きく2つあります。
まず、寄付者の顔ぶれが限られていることです。私が関わっている複数の団体に寄付している方々は、ほとんど毎回同じメンバー。言ってみれば「同じ人たちがぐるぐる回っている」状態です。また、「自分が寄付するのは偉そうに見えるかも」と感じてしまい、一歩踏み出せない方もいるように思います。そうした心理的ハードルも寄付の広がりを妨げている気がします。
次に、寄付を受ける団体側の課題もあります。NPOなら「認定NPO法人」、社団や財団なら「公益法人」になると、寄付者側に税制優遇があるため寄付しやすくなるのですが、そうした体制を整えていない団体が少なくありません。税制を意識する寄付者も多いので、制度面の整備が進むと、もっと寄付が活性化すると思います。
― 寄付するためにたくさん稼ぎたい。そして、思いを同じくする仲間と繋がりたい。
私が翻訳した『あなたが世界のためにできる たったひとつのこと〈効果的な利他主義〉のすすめ』という本でも紹介されているのですが、私は、「ボランティアよりまず自分が稼いでそのお金を意義あることに還元したい」と考えています。そして、構造的な問題にできるだけ大規模にタックルすること。
同じ思いを持つ仲間がフィランソロピーを通じて増えていくと嬉しいですね。
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